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気遣うからこそ、逆に伝えれなくなる事もある。
……その事に気づくには未だ、茜は子供過ぎた。
* * * * *
「だからね、タトゥーシールってあるじゃない、アレを使うと良いと思うのよう!」
最近、玖凪蜜琉が少し変だ。
変な気がする。
純粋結社デスパレードの敷地内で、団員同士で楽しそうに世間話をしている蜜琉を見ながら、茜は漠然とそう思った。
何となく、自分の知る彼女のプロフィールを羅列してみる。
玖凪蜜琉。
茜より少し後にデスパレードに入団してきた団員仲間。
美人な上にモデルの様な見事な体型。
ちょっと羨ましい。
少しプックリとした艶やかな唇が個性的で、色っぽい。
かなり羨ましい。
性格は気さくで明るい。
ソレだけでなく、その挙動によって周りの雰囲気まで明るくする才能を持つ。
そして優しい。気遣いは当然、自分より他人を優先する言動も多々ある。
…鬼頭菫と親しい…………………。
(……総合して言えば、つまり……)
「アハハ!UMAちゃんそれ名案!それ貰った!!」
───彼女は、実に気立ての良い女性だった。
しなやかで強く、それでいて優しい。
確固たる己を持ち、しかし場を選び、周りを気遣う者を敬愛する茜の信条から言っても、彼女の気質は充分に尊敬に値する。
本音を言えば、最初の頃は事情があって若干苦手だったのだが、今ではその危険……あー、いや、苦手な部分は払拭されている事だし。
今ではハッキリと、信頼に足る、見習うべき好人物の一人として数えている……
「アイシャドウの、えーとこの色!これをこう……目の下に塗って!」
……だが、何故だろう。
最近、そんな彼女の言動に、妙な揺らぎがある様に感じる。
「だからぁ、シールよシール。目の形した奴を腕にビッシリ貼るのよぅ」
ああやって喋っている分には普通なのだが……
いや、と言って時折おかしな顔をする、と言う訳でもない。
「片手で片腕を抑えて、凄い形相で、苦しそうにするのがポイントよね」
何だろう……
こう……限りなく言いがかりに近い、
しかし矢張りどうしても納得のいかない様な……この感覚。
「アハハハ!そう、それ!負け惜しみ全開って感じで!」
実に彼女らしい、何時も通りのあの態度に、何故か納得がいかな……
ん?
「『逃げろ…!俺がコイツを押さえていられる間に!!』って感じでどうかしら」
彼女らしい。
何時も通り。
……いや、寧ろ。
彼女らし過ぎる?
何時も通り過ぎる?
「クナギ様」
思わず声をかけた。
蜜琉は即座に雑談を止め、くるりと茜の方を振り返ってくる。
何時も通りの明るい笑顔。
「なあに?茜ちゃん」
……困った。
衝動的に声をかけてしまっただけなので、ぶっちゃけ言う事が無い。
……ええと……そうだ。
「何の話を為さってるんですか?」
一番無難な話題をチョイスして振る。
蜜琉は一瞬だけキョトンとした後、太陽の様に明るい笑顔を輝かせながら答えた。
「茜ちゃんが今度立てるプールのチームの話よ」
……え?
「……え?」
思わず思考停止し、キョトンとした茜に対して、蜜琉はひたすら笑顔だった。
「作るんでしょ?
チーム邪気眼」
「……って、ちょ!アレ本気だったんですかクナギ様!?」
先ほどまでの思案を月面辺りまで吹っ飛ばせながら、思わず叫ぶ茜。
うふふふー、と笑う蜜琉。
兎も角何かもう腹立たしくなって来るほど良い笑顔である。
「何言ってるのよ茜ちゃん。本気だなんてそんな……」
笑顔のまま首をフルフル振って、
「超・本気に決まってるじゃない☆」
うわあい!駄目だこの人、早く何とかしないと…!?
今、確かに彼女の笑顔が更に第一段階輝きを増した。
既に充分太陽みたいな笑顔だったのにだ。
「あ、あああ、あのですねクナギ様。私確かに場のノリでそんな提案をしましたが、それ結構危険なネタですよ何故か何故だか忘れがちですが私たち何気にリアル中高生……」
「だーいじょーぶよぅ」
根拠レスに自信満々だった。
「と言いますか秘密結社の方でなら喜んで作るんですが、デスパでこれは聊かその、良いんでしょうか相手が知ってるかどうか分かりませんし、ネタ通じなかったらそのまま悪評に繋がりますよ?」
「んー……それはそうねぇ、デスパレードの名義でチーム立てるんだし……ねえ、世界ちゃん?」
「……む?」
と、口元に人差し指を当て、少し思案する顔(これが又腹が立つほど女らしい)になって、くるりと顔の向きを変える。
視線の行き先は岩崎燦然世界。このデスパレードの結社長である。
蜜琉の視線の問い掛けに対し、燦然世界は何故かわざわざ立ち上がり、仁王立ちの腕組み体勢になって、
「私は一向に構わん!!」
その称号に恥じぬ大音声であった。
「……」
「……」
少し妙な沈黙が続いた後、蜜琉は満面の笑み(恐ろしい事にさっきより更にバージョンアップした笑顔だった。何処まで行くんだその笑顔、実はサイヤ人かアンタ)で、茜を振り返る。
「だって!茜ちゃん」
「ですね。じゃあ今度立てましょう」
「切り替え早っ!?」
茜が一番重視するのは『場』であり、結社と言う『場』の基本的な基準を決めるのは長である結社長だ。その許可が下りたのなら、その時点で問題は一気に氷解する。
それに、実際の所ネタは大歓迎の茜だ。
「でも今週は他にやりたい事がありますので、実行は大分後ですよ」
「はぁい、楽しみにしてるわね!」
……ゴタゴタが終わり、ようやく冷静さを取り戻した頭で、 蜜琉の顔を見る。
そして先程までの彼女とのやり取りを反芻する。
……そうか……そうだ。
彼女らしすぎる。何時も通り過ぎる。
冷静になってみれば、それはおかしいのでは無いか?
彼女の恋人が結社を去って既に一ヶ月が過ぎているのだぞ?
寧ろ少し凹んだりピリピリしたり、落ち込んでいなければおかしいんじゃないか?
……では例えば、結社外で充分会っている?
多忙を理由に一時退団をした彼とか?そんな馬鹿な。
(……迂闊だった)
「それじゃ、私そろそろカフェの方に顔出さなきゃ!」
何時も通りの蜜琉の笑顔を眺めながら、苦々しく呻く。
(普通じゃあ、おかしかったんだ。普通だから、おかしいんだ)
「毎日ちゃんと顔出さなくちゃね、何てったって店長なんだから」
盲点だった。
「繁盛してるわよー。店員の皆の御蔭!」
「クナギ様」
テキパキと御菓子のゴミを片付け、結社を出ようとしている彼女に、再度声をかける。
「なあに?茜ちゃん」
先程とまったく同じ仕草で、蜜琉が振り返る。
……さて、困った。
実は、衝動的に声をかけただけなのも又、さっきと全く一緒だったりするのだ。
言う事が無い。
ええと……
「大丈夫ですか?」
──半拍の間──
「モチロンよ!」
気のせいだったのだろうか……?
蜜琉の去って行った出入り口を見ながら(と言っても茜は普段から、特定の人物の入室が未だの間は常に出入り口を視界に収めているのだが)慎重に自問する。
玖凪蜜琉は強い人間だと、茜は考えている。
だからこそ茜は彼女に一定の信頼と尊敬を向けているのだ。
……根拠は無いが、多分彼女は大人なのだと思う。
彼女の優しさや気遣い、明るさ、ムードメイカーの才等は全て、彼女の精神年齢の高さに由来している。そんな気がする。……だが、だからと言って無敵ではあるまい。
チョッピリ変な気がする。
平たく言えばたったそれだけの事だ。気にするほどの事では無い、筈だ。
彼女なら大丈夫だと思うし、何よりも万が一仮に大丈夫で無かったとして、自分がソレを知って何になると言うのだ?何もすることは無いだろうに。
だが、しかし、気になる。
喉の奥に刺さった魚の骨の様に、ほんの少しの怪訝さがどうしても払拭されない。
気になる。
気のせいだと思う。が……
「岩崎様」
近くに立つ(何故か未だに仁王立ちの腕組みである)岩崎燦然世界に声をかける。
「ん?何だ茜」
「確かクナギ様の結社のカフェと、ウチは友好が繋がってましたよね?」
「ああ、繋がっているぞ!…なんだ?菫ちゃんの結社とも繋げて欲しいのか?」
「な゛っ!何でそうなるんですか!?」
「何だ違うの?フーン…」
思わずつんのめり、ざーとらしく腕組みを解いた右手で自分の顎を弄っている燦然世界を睨みながらも、茜はなんとか言葉を続ける。
「何ですかその顔は!?……兎も角、そうじゃなくてですね!!」
「うむ?」
「場所を教えて下さい。その、クナギ様のカフェの」
……いや、
何をしようと思うわけでもない。と言うか出来る訳でもない。
自分に出来るような事であれば、彼女は自力で遣って退けるだろう。
そもそも、薄情な事を言ってしまえば、自分に彼女の為に何かしようと言うほどのモチベーションが沸くかどうかも不明である。
そして何より、杞憂である可能性が最も高い。
しかし、気になってしまうのだから仕方ないじゃあないか。
だから、様子を、見に、行く、程度、なら、まあ……その、良いかな、と、思う訳で。
「掛け蕎麦でも御馳走になりに行こうと思います」
……何ですかその目は。
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