* * * * * * * *
なんだか、チリチリする。
「…あれって最早プロポーズに聞こえません?」
しれっと言って見る。
「うんうん。あたしもそれで良いと思うわよぅ」
しれっと同意された。
何時もの事ながら蜜琉はノリが良い。
「いや、あれってそんな内容かしら…」
最後にようやく反論が来た。
流石は突っ込み役の岩崎木乃香、一人冷静である。
言い換えると空気読めてないとも言う。
「しれっと酷い事言うわね!?」
しー!
「お静かに、気付かれます」
木乃香様が慌てて自分の口を塞ぐ、中々可愛らしい仕草だった。
「萌え萌えー、写メに撮って良いですか?良いですね?」
「そして真貴ちゃんに贈るのよねぇ!」
「あーのーねえ…」
恋人の事まで引き合いに出され、見るからに頬が赤らんでいる木乃香。より一層可愛い。隣にニコニコしている蜜琉に目線で同意を求めれば、当然の如く深い首肯が帰って来る。
ワナワナと震え、叫ぶのを堪えているかの如く軋んだ声で呻く木乃香をさて置いて。茜はボソリと呟いた。
「…まあ、確かに内容は、別に告白でも何でもありませんね」
蜜琉の言葉が後を継ぐ。
「別の意味での告白ではあるけどねぇ」
そこで不意に、溜息が零れる音が響いた。
誰の溜息だったのだろうか。
全員かも知れない。
また少しチリチリする。
首の後ろ辺り、原因は良く分からない。
自分がおちゃらけるのは、真っ直ぐには余り相対したくない事と直面したから。
蜜琉がそれに付き合うのは、それが分かっているから。
木乃香が激昂し切らないのもまた、それが分かっているから。
その宣言を聞いたのは、偶然だった。
聞いて良かったのだろうかと思う。
しかし聞かなければ良かったとは思わない。
気まずい沈黙が落ちる。
それは、盗み聞きしてしまった事への気まずさか。
或いは…聞いてしまった言葉の『告白』に当たる部分への……
敬愛していた相手が密かに感じていた『苦しさ』の……
「茜ちゃんは……気付いてた?」
そう問われて。
…そう問われて、返事が出てこない。
眉を顰め、気まずげに目を逸らしてしまう。その仕草そのものが雄弁な答えだ。
それは聞いて来た木乃香の表情も又、同じ事で……
この半年。
何故気付かなかった。何故気付けなかった。
“傍に居る”と自惚れながら、一体何を見ていたと言うのか。
「クナギ様は…」
聞きかけて、止めた。聞いても詮無き事だ。
それに、恐らく彼女は気付いていただろうと言う確信がある。又ぶり返してきた首筋のチリチリを手で払おうとしながら、内心で呟く。
接する時間の長さもそうだし、何より彼女は、自分よりずっとあの人に近い位置、近い目線に居るのだから。
『見上げているだけでは絶対に見る事の叶わない。そんな面があるのですね…』
考えてみれば、そんなのは当たり前だ。そんな当たり前の事にも気付かないほどのぼせていたのか自分は。その、“敬い尊ぶ事の出来る神輿”に。
太腿が痛い。
無意識に握り、爪を立ててしまっていたらしい。
『…丸で、そのまま、わたしが一番嫌いな妄信者そのものじゃあないか…!』
傍らの壁を殴りつけたい。自然物と、そして己の拳を同時に痛めつけたい。そんな衝動を押さえ込む。今物音を鳴らすわけにはいかないのだから。
この上二人に盗み聞きを看過されてしまっては、気まずい何てもんじゃない。
二人……いや、白楽は……其処に居るの、だろうか?実を言うと分からないのだ。茜をはじめ3人が燦然世界の声に気付いた時から今に至るまで、彼女はずっと此方から見て死角の位置に居る。
白楽を前に大声で話しかけているのかもしれないし、或いは壁に向かって練習をしているのかも知れない。
前者ならそれこそ二人の密事をピーピングしたも同然だし、後者なら対象である筈の妙蓮寺白楽よりも先に彼女の本音を聞いた事になる。どちらにしても非常に罪悪感を感じるシュチエーションだ……
「…でも、確かにちょっぴりジェラシーは感じちゃうわよねぇ」
気まずい空気を縦に裂くように出し抜けに、蜜琉がそう言った。
珍しくネガティブな言葉で少し驚く。目線を逸らしたままの自分からはその表情は伺えないものの、しかしその声色には相変わらず翳りと言うもののが無い。
「…まあ、何だかんだ言って、やっぱり一番は妙蓮寺様なのです。それは、それで、良い、の、ですよ」
聞こえる声から心配こそしてはしていなかったが、一応は諌めて置こうと思い、そう言う。何故か不思議と言葉が切れ切れになったが、まあさして違和感は無いだろう。
…彼女は普段より団員を皆平等に愛してくれている。それは間違いない。だが人間である以上、常に完璧にそれを保持しろと言う要求は、暴力だ。無茶を言ってはいけない。それは我侭以外の何でもない訳で、だからそのつまり…
……あれ?
返事が無い。直ぐにでも同意なり反論なりの返事が来るだろうと予想し、先の如く理論を準備していたのだが……二人の反応が全く返って来ない。先述の通り、二人の様子を視界に入れてないが故、状況が全く分からない…
仕方なく逸らしていた顔を戻し、木乃香と蜜琉の方に視線を向ける。
と…
木乃香が酷く優しい苦笑いを浮かべて居た。
蜜琉の笑顔は矢張り優しいが、少し悪戯っぽい。
5秒ほど、意味が分からず戸惑った。
10秒でほどで、ようやく概ね理解できた。
ああ、そうか…
…それこそ、何で気付かなかったんだろう。
首筋のチリチリ。払えど叩けど散らないコレは、要するに…
「………すいません…」
何の事は無い。嫉妬してたのは自分だった訳だ。
蜜琉の手が伸びて来て、自分の頭を撫でる。
子供扱いではあるが…逆らえやしない。
何せ小理屈を捏ねるだけ捏ねて、でも感情でウジウジと拗ねていじけた挙句、 蜜琉の投げた言葉の釣り針にあっさりと掛かり、卑しい本音を表に露呈してのけた自分は……正に子供以外の何者でもない。て言うか馬鹿。馬鹿!子供って言うか馬鹿。この馬鹿。恥かしい。恥かしくて死ぬ。寧ろ死ねー!あーもう!
「よしよし。良いじゃない。それだけ世界ちゃんが好きって事なんだから」
あああ…頬が熱い。火が出そうな位熱い。
…いっそ蒸発して消えてしまえたら良いのに……
「うふふふ…」
旧知の知人の如く、「ウザいなあコイツ」と言う目で見下してくれれば未だ気が楽なのだが…。生憎と目の前の 蜜琉は、見下すどころか、何故か何故だか一層好ましげな顔をして頭を撫で続ける始末…。本当に何を考えているのか…羞恥と悔恨と、そしてほんのちょっぴりの多幸……この世の煉獄だ。
その煉獄から彼女を救い出したのは、ぽろっと零れ聞こえたこんな呟き。
「……… いや、三日は無理だわ。」
「「「…………」」」
手を止めた蜜琉も。
眼鏡をずり落ちさせた木乃香も。
そして恐らく自分も。
一様にキョトンとしている。
でも分かっている。
コレは後僅か数秒間の事。
問題は数秒後だ。
音を立てては気付かれてしまう。
声を上げて笑うなんて論外だ。
さて、迫り来る温かい笑いの衝動を一体どうやって噛み殺したものか…
── to be cont…
PR