そのパレードは
何処から来たのだろう
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【20XX年 封鎖特区 鎌倉】
鎌倉の或る荒野を歩み、その人影は、ブツブツと独り言を呟いていた。
「エノシマ・エリアはどっちだ。東だ。東に歩けば勝手に着く。なのに何故太陽から見て90度の方角に歩いていたのだ私は!?分からん。と言うか私のかわいい白とあんま可愛くないUMAは何処に行ったのだ、何時の間にはぐれたのだ。いや、寧ろはぐれたのは私か!?私だ!迷子だ!全くなんでちゃんと見ててくれなったのだ白!UMA!お前等が目を離しているうちに私はすっかりさ迷う緑色だ……ってそれは私の責任ではないか!?白は悪くない!ゴメン白!居ないけど!でもUMAには謝らん!何となく!どうせ居ないし!!」
もとい、独りでギャーギャー騒いでいた。
蛍光グリーンの長髪。聖服にも軍服にも見える黒いコート。胸に光るのは陸自鎌倉封鎖大隊の最高指揮官たる立場を示すバッジ。そしてそれとは別に、左腕に巻かれた白い腕章…
そう、彼女の名は
* * * * *
20XX年×月×日 明け方 カマクラヤマ・エリア
“祈らず”の軍勢200余り、鎌倉山山中に集結。
“教団”の軍勢400足らず、鎌倉山麓に集結。
開戦の朝は目前である。
「ははは、参ったね。これまで、かな……」
傍で聞いていると全然参っているようには聞こえない声が、“祈らず”の本陣テントの中に響く。声の主は誰であろう“祈らず”の代表、掲げた名と同じく“祈らず”と呼び習わされる男。
……実際、状況は絶望的と言えた。山の上に構えていると言う地形的有利があるとはいえ、軍勢は単純に計算しても約倍数。更に言うと、“祈らず”の軍勢は大半が決起後の同調者である。『能力者ですらない』者が半数近くを占めているのだ。強力な対能力者装備で武装した教団の軍勢に比し、戦力と言う観点で論じるなら……彼我の差は倍などでは済まされない。
教団の『対能力者装備』を強奪し、強化を図ると言う作戦もあったのだが……その決行を前にしてこの佳境。状況は正に『これまで』の体を示している。
「ゴメン、皆を集めて貰えるかな。話をしたいんだ。」
神父は傍らの教え子に頭を下げてお願いをする。この代表の腰が低いのは今更だ。言われた少年は即座に同じく頭を下げて返礼すると、テントを足早に出て行った。
「演説、です?」
先程出て行った教え子とは逆の傍らに居た女性。“ムーンライズ”が軽く首を傾げる。
そのまま視線を神父に向け、目で問いかけた。
「うん、演説と言うか勧告かな。死にたくない人には逃げて貰わなきゃ」
……つまり、この状況にあって彼は自軍の勢力を更に削ろうと言っているのだ。
神父のそんな言葉に、“ムーンライズ”の眉間にほんの僅かなシワが寄った。そのまま何も言わず、ただ目線を合わせ続ける。
神父は、彼女の疑念をただそれだけの仕草で正確に理解したらしい。頭を掻きながら言い訳がましく言葉を続けた。
「まあ、そりゃ前にも1度この勧告はしたけ………ごめんなさい一度じゃないです4度です………。いや兎も角、でも状況って言うのは変わるものじゃあないか。ひょっとしたら昨日子供を身篭った人が居るかもしれないし、故郷から手紙が来た人が居るかもしれない。プロポーズが成功した人も居るかもなんだよ?こう言う事は、ちゃんとこまめに聞き直さなくちゃ」
“ムーンライズ”は、威厳と言うものに全く欠ける仕草でしどろもどろに言い訳をする“祈らず”を、暫くの間無機質に見つめていたが……不意に、その表情をすっと和らげる。
「アナタらしい、です」
仕方ないなあ。と言う風情の、淡く、少しだけ苦い、優しい笑顔。
応じて神父もまた、笑う。ひどく穏やかに。
「…ゴメンね。君も良い貧乏くじだ」
フルフルと首を振る“ムーンライズ”。
……ほんの束の間訪れる。穏やかな時間。
それを割って先程の教え子が戻って来た。演説の算段は整った、と。
さっきより少しだけ苦笑を深くして、二人は肩をすくめ合う。
「…さて、それじゃあ、ちゃっちゃと演説を終わらせて。それで朝になったら頑張って一兵でも教団の戦力を削るとしようね。
後に続く誰かの為に」
何でもない事の様に、アッケラカンと。
『雨が降ってきたから洗濯物を取り込もうか』とでも言って居た方が余程似合う。そんな気楽な風情で立ち上がり、傍らの黒塗りの戦槌を手に、“祈らず”はとテントの外に向け歩み出した。
……“ムーンライズ”は悩んでいた。何かを言わなくてはならない気がする。普段なら目を合わせるだけで大抵の事は伝わる。だけど“今”だけは、口に出さなければ伝わらない。……そんな気がする。
だが、では何を言えばいいのだろう。それが分からない。自分は何を伝えたいのだろう。今も昔も変わらず“どんな時でも態度の変わらない”この、自分とは別の意味でどうしようもなく不器用な男に……
「……トウイチロ
結局、この時自分が何を言おうとしたのか、彼女自身にも分からないまま。
その会話は途切れた。
戦神の大音声の如く、三千世界に響き渡る。とんでもない轟音によって。
* * * * *
「コラァ!そこの女!止まれぃ!!」
「何!き、貴様今『コラ』と言ったか!『コラ』と言ったのだな!?」
「お前には“祈らず”の先遣隊の疑いがある!連行……って、ハァ?何の話を…」
「何の話とは何だ!『コラ』だぞ『コラ』!?いいや寧ろ『コラァ』だった!!感無量だ!この味気ない新世紀でそんな昔懐かしトキメキ台詞を聞く事が出来るとは……貴様!すいませんサイン下さい!!」
「な、何を戯けた事を……ってそのバッヂは『陸自鎌倉封鎖大隊』!?何故此処に…!!」
「ん?…あ、あー、その事か。…ふっ、良かろう!何故か何故だと聞かれたら、答えが上げるが世の情け!何を隠そう私は絶賛迷子中だ!迷子センターは何処だ!?と言うかエノシマ・エリアはどっちだ!……あ、後、今スケブ持ってないんで服に直接サインして下さ……ってマジックも無い!?」
「た、隊長!助けて下さい…!コイツ会話が通じる様で全く通じません!」
「止むをえん!誰か油性マジックを……じゃなかった。射殺してしまえ!!」
「ちょ、貴様等ちょっと待て!?こんな可憐な乙女を寄って集って射殺だとこの鬼畜共め!……分かった。じゃあせめてその前にサインを…」
「撃ぇーーー!!」
* * * * *
“教団”本部、第5作戦室。
十数台のコンピューターが稼動し、レーダーと計器が音を立て情報を吐き出し続ける。カマクラヤマ・エリアにて勃発せんとしている戦の、あらゆる情報を。
場の空気は明るい物だった。それはそうだ。明らかな勝ち戦なのだから。
後はただ開戦を待ち、突撃を命じるだけで勝利が約束されている。そんな状況では、緊張を持続出来る道理もない。普段であれば恐怖と死の元凶となる暴君“宗主”ですら、今は少しつまらなそうな表情で、“能力者”の分布を示すレーダーのディスプレイを眺めているだけである。
ふと、そのレーダーにの中に、新しい光点が点った。
“教団”を示す白でも、“祈らず”を示す黒でもない、緑の光が。
部屋にいる半数は、首を傾げた。その色が示す意味に心当たりが無かったのだ。
しかしもう半数。“銅”を初めとする、“教団”内での立場が高い者達は皆、一様にギョッとした顔で腰を浮かした。
「……そ、“宗主”様。これは……!」
「お、おい確認を取れ!何かの間違いじゃないのか!?」
「そんな馬鹿な、奴はエノシマ・エリアに居る筈……!
「……“パレード”……!」
“パレード”
その言葉が出た瞬間。先程の時点では心当たりの無かった者達のウチの半数が、ようやくこの状況の意味する事に気づき、一足遅れに絶句する。
「あの噂の…?」
「まさか……あの話はヨタじゃなかったのか!?」
「しかし、“パレード”だとして、其処まで騒ぎ立てる事なのか?」
「それにしても、何故、こんな場所に」
未だに事情を掴めない半数の半数。
つまり4分の1の者達が、怯えた目で“宗主”を伺い見た。
『知っているべき事を知らない』。それは彼の処刑の対象となるのに充分な条件だ。
しかし、その宗主は……
「……くく、くふふふ………!」
笑っていた。心の底から愉快そうに。
“教団”の掴んでいた情報では、“パレード”は今エノシマ・エリアに居るはずなのだ。
“パレード”は、“宗主”が格別に注視している存在の一つ。その情報収集に手を抜いた事は一切、無い。つまり、今現実に“パレード”がカマクラヤマ・エリアに現れたと言う事は……
「……まったく、食えない女性(ヒト)ですね…!」
愉快だ。痛快だ。そう呟きながら、“宗主”は手元の機器の指紋認証システムを作動させ、現れた赤いボタンを少し乱暴に押した。
…場に居た者の9割がそれを見て絶句する。何故ならソレは『即時の全軍撤退』の合図なのだから。
「ふふふ、ふはははは!『 』さん。矢張り貴女は本当に良い、実に楽しい人だ!…私の裏を掻いて見せるとは…!!」
動揺と戦慄に凍りつく第5作戦室の中。
滅多に上げる事のない笑い声を惜しみなく響かせ、“宗主”は鮫のように笑った。
ただ、
「偶然だと思いますけどねー絶対」
何故か“銅”だけが一人、ビミョーそうな顔をして目を反らしていたが。
* * * * *
銃撃が止んで数秒後、兵達はただ絶句するしかなかった。
「あれだけの銃撃を全て避けた……だと!?」
「いいや、そんな細かい事は私には出来ん!
上着で弾き返しただけだ」
硝煙で少し汚れた以外、先程と何一つ変わらぬ姿で、“女”は事も無げに答える。
「しかし貴様等は本当に紳士とは言えんな。そりゃあ私も流石に?可憐な乙女はちょっと自分でも言いすぎかなー、イタイかなーとは思ったけどさー。一斉射撃は無いだろう!突っ込みはもうちょっとエレガントに優しくするものだぞ?だって私痛いのヤだしな!!」
「……何てことだ………この期に及んで会話が通じない……!」
「違う!気持ちは分かるがお前ちょっと黙ってろ」
部下を殴り倒し、改めて向き直る 隊長格の兵。
……と、その眉がしかめられる。一斉射撃前と完全に同じと思われた相手の姿に、一箇所だけ違う点を発見したのだ。
右手の指に、一枚のカードが挟まれている。
「い、イグニッションカード!?」
「うむ、今ようやく気づいたのだが貴様等は“教団”の兵士だな?そしてさっき言ってた“祈らず”はあの影の薄い神父の軍勢か。つまり此処はカマクラヤマで、朝になったら始まるのは戦争と言う事だ!」
どうだこの推理!と胸を張る。
蛇足だが、“教団”の兵士達は皆、対能力者装備を初めとする所属ならではのデザインの姿をしている。コレは恐怖によって鎌倉に君臨する“教団”の『広報戦略』の一つであり、つまりまあ、教団の兵士は一目見れば分かるのが普通だ。悪しからず。
「……それがどうした、まさか、封鎖大隊が鎌倉内の戦争に手を出すと?」
「いいや!それは出来ん!何か政治的なアレコレがあるとかでな!絶対ダメと言われている!私ってば隊長なのに何故か立場が低いのだ!!」
何故か自慢げに言いつつ、ピッと、カードを天に掲げる。
それは、丸で指揮棒を構える指揮者のような仕草。
「
だから、隊長としてではなく私個人として手を出させて貰う!」
断言。
その堂々たる宣言に、兵士達は唖然とした。
「……ソレはもしかしてギャグで言っているのか……!?」
辛うじて喋る気力の残ってい兵が問う。
「私は大真面目だ!!」
「ば、馬鹿かお前!!」
「戦争だぞ!?場末の喧嘩じゃねえんだぞ!?」
「脳味噌の髄までネタか!?たった一人で何が出来るつもりだ!」
普通なら此処は笑う所だろう。思いっ切り指を差して嘲笑う場面だ。
だが、その場に居る兵士達は誰一人笑わなかった。笑えなかった。
“女”の撒き散らしている雰囲気に飲まれ、ペースに乗せられていたから。
…それとも或いは、ある種の予感と言う物を感じていたのかも知れない。
「では行くぞ!白もUMAも居ないから久しぶりのソロ活動だ!!邪魔されそうなのでテーマソングは省略!
イグニッション!!」
…………。
別に、場面が変わった訳ではない。
ただ、“女”のイグニッションが完了した後、長らく誰も口を利いていないのだ。
喋れるものか。
口が利けるものか。こんな情景を目の当たりにさせられて……
「あ、アンタ…やっぱ馬鹿だ……その、
存在そのものが……」
ようやくそれだけを呟いて、ペタリと座り込む。その威容を見上げたままに。
威容。
いや、“女”そのものの姿が変わった訳ではない。
蛍光グリーンの長髪。聖服にも軍服にも見える黒いコート。胸に光るのは陸自鎌倉封鎖大隊の最高指揮官たる立場を示すバッヂ。そしてそれとは別に、左腕に巻かれた白い腕章。変わらぬ姿である。
ただ、詠唱兵器であるガトリングガンが出現していた。
先ず、両肩にそれぞれかけられている二機。
飾りとしてだろうか、砲身に付属されている白い翼。
それに結合される形で、それぞれ二つ。計4機。
そしてその4機の翼に更に結合する形で…………
……
ガトリングガンで構築された一個の城。
そう言うしかない。
他にどう言えと言うのだ。
夥しい数の翼と鉄と砲身だけで形作られた、この巨大な要塞を。
その姿は歪で、しかし奇妙に洗練された印象を与える。
大質量の芸術。
その中心に堂々と仁王立ちをする“女”。
そう、彼女の名は……
「私は陸自鎌倉封鎖大隊隊長にして戦闘楽団デスパレード団長、岩崎燦然世界!!」
大・音・声。
在りし日の幸せな記憶から目を反らす為、“二つ名”で呼び合う事が暗黙の了解となっているこの鎌倉の中。正々堂々胸を張り、カマクラヤマ・エリヤはおろか鎌倉全土に響き渡れと言わんばかりのこの大宣言。
先生、この人空気を読まないにも程があります。
「どうだ参ったか凄いだろう!カッコいいだろう!コレぞ秘技“一人楽団”!楽団の皆とはぐれて寂しいなーと思っている時に思いついて、『私のガトリングは108式あるぞ!』とどーしても言いたくなって練習してたらわりとアッサリ完成した!自分の才能に戦慄するしかないな、コレは!」
真っ向自慢し始めた。
此処は本来呆れる所なのだろうが、生憎と皆腰を抜かしていてそれ所ではない。
「ちなみに少し前までは本当に108機だったのだが、この間仲良くなった男に一機あげて107機になった時に“まーいっかー”と思って以来ドンドコ増やしている。今では私にも数が分からん!数えてくれる人募集中!白ですら逃げてしまったのだコレが!!」
「あ、あ…あああ…あ…あ………ぱ、ぱ、“パレード”……!」
悲鳴とも喘ぎ声ともつかぬ声に紛れて、誰かがようやくその名を呼んだ。
封鎖特区に指定された鎌倉。そこに許可無く入ろうとするモノ、そして出ようとするモノを取り締まるべく設立された組織、陸自鎌倉封鎖大隊。鎌倉と本土を分かつ最後の秩序を司るこの組織の長、“パレード”と呼ばれる女性には様々な噂がある。
曰く、「週に一時間位しかマトモに仕事をしてくれない」
曰く、「何時もフラフラと鎌倉内をうろついている」
曰く、「ややこしいの一言で二つ名ガン無視」
曰く、「二股眉の美青年を囲っている」
曰く、「いや、寧ろペットだろアレ」
曰く、「主治医が物凄い変人」
曰く、「変態でいーじゃん」
曰く、「“宗主”と因縁がある」
曰く、「
単騎で一個大隊規模の戦力を有す」
故に、“パレード”。
文字通りの一騎当千。
たった一人の大戦力。
“宗主”と並ぶ、生きた『タチの悪い冗談』。
その高らかな宣言は、
その美しい歌声は、
その大音声は、
掛け値なしに、カマクラヤマ・エリヤ全土に余す事無く響き渡った。
「砕け散りし世界結界の塵の中、葬送の鐘が
今此処に鳴り響く!
愛を忘れた愚かな友を、
殴り倒して正気に還す為! この
今尚美しき世界に響かせる…
私の拳を!
私の声を!
私の生き様を!! 己が闇を力に替えて、我が
銃撃の音は鎮魂の歌の如し!!
戦闘楽団デスパレード団長!岩崎燦然世界・一人舞台(ソロステージ)!!詠唱
ガトリングが奏でるは
馬鹿者叱責大行進曲!!
只今より!
開演いたします…!!!」
* * * * *
20XX年×月×日 朝
カマクラヤマ・エリアにて勃発する筈だった戦役は、
開始すらしない内に、一方の軍が壊滅的な被害を蒙り、
全軍撤退すると言う。
史上に類を見ない、冗談の様な結果に終わった。
尚、この日。
封鎖大隊の隊長に、数名の新しい舎弟が増えた事を
「ふははは!お前達、帰ったら先ずサインを書くのだぞ!私の為に!!」
蛇足ながら、此処に記して置く。
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